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 ここから先は、東日本大震災支援活動についてお話をします。

 

 3月11日に地震が発生して、3月14日に支援開始を表明して、これまで総額33億円相当の支援活動を実施してきました。SAVE JAPANというチャリティTシャツの販売や、社長の柳井の個人寄付を含めて金銭的な支援活動も実施してきました。

 

 どういった形で意思決定をしたか、どういう時系列だったか改めてお話すると、3月11日の地震発生の深夜から、日頃からお世話になっているNPO/NGOに連絡を取り、情報収集を始めました。それと同時に我々のフェイスブック、ツイッターなどに、「ヒートテックを送らないのか」とか「支援活動をして欲しい」という声が続々入ってきました。

 

 お客様だけでなく,従業員側からの大きな期待もあり、これはすぐにでも支援計画を立てなければならないということで、土日にCSR部で支援計画を作って、3月14日の朝に支援を決定しました。

 

 そして各県の県庁に連絡してニーズ調査を開始したのですが、支援が必要だとおっしゃるけど、具体的にどういうものが必要かは皆さんわからない。そこで当てずっぽうで支援品のリストを作り、20万着ほどの商品を決めました。そして、JICAさんにお願いして福島県内の施設を借り、19日からその倉庫をハブとして、岩手、宮城、福島の一部避難所に服を送ることにしました。

 

 宮城県、岩手県、福島県の県庁さん、宮城県は仙台市が持っている大衡村の倉庫にいれさせてもらいました。しかし現地に行って確かめると、倉庫に物資は届くのですが、そこから先の動きがない。避難所とか被災者の人たちに直接届けるところまで、自分たちでやらなければいけないのではないか、ということに気付きました。

 

 遡って、IVYさんからは3月14日の週に連絡があって、その当時私たちとしては各県に配る段取りは組んでいたので、すでに独自に支援活動をやっていますとカスタマーセンターでお断りをしてしまった。しかし実際に倉庫まで納品されても、そこから先がスタックしていることが見え始めていたので、CSR部からIVYに連絡をして、IVYが持つ各避難所へのネットワークを活かして,配布の手伝いをお願いできないかと打診をしました。そして調整を1週間ぐらいで進めて、20日位から具体的に配る流れが出来ました。

 

 支援活動を通じて、自立とか経済復興とか雇用創出などを今後やっていかなければならないと、ひしひしと感じました。そこで、企業として中長期的なコミットメントが必要なのではないかということで、復興応援プロジェクトを開始することを決めました。

 

 内容はユニクロとNGOの協働復興プロジェクトを立ち上げること、また被災地にユニクロの仮設店舗を立ち上げることや,一時閉店していた福島の店舗を再開するという取り組みです。

 

 協働プロジェクトの規模は3年間で3億円、1団体あたり年間2000万円を上限とした支援を5団体に行っていきます。JEN、ADRA、IVY、プラネットファイナンス、東北共益投資基金という、比較的自立支援、経済復興に力を入れている団体で、日本だけでなくグローバルに活動されているということも含めて選定させていただきました。

 

 また、我々の従業員がボランティアで係るというのも大きな柱です。IVYの支援先の保育園にボランティアとして伺ったり、ADRA JAPANの支援先へは、TシャツプロジェクトといってTシャツのデザイナーが定期的に学校訪問して、デザインの好きな高校生と一緒にオリジナルTシャツ作ろうというプロジェクトを開始しています。

 

 仮設店舗も、気仙沼や釜石でオープンして、釜石はおかげさまで仮設から実際の店舗として営業して行くことも決まりました。安定して営業を行えていますし、被災した方を雇用して活躍してもらう場も提供することが出来ています。

 

 ちなみに釜石店の元店長は今、バングラデシュのソーシャルビジネスのチームに加わり,自分で志願してバングラに行っています。非常に社会貢献意識が高く、東北のことがきっかけで社会で役立ちたいという思いを強くしたようです。

 
(第1部:講演 終)